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導師の演説

先日、あるお通夜での出来事。
まだ60そこそこの利用者さんで、
参列者も今までになく若い人が多かった。
旅立つには早過ぎて、
皆がまだ悲しみに暮れている頃、
お通夜が滞りなく終わって
導師のお話が始まった。

いつもなら故人を偲びながら
手短に話してすぐ退席するだろうのに
このときは全然違った。

葬儀の意義について延々と十数分。
最近の簡略化された葬儀が不満ならしい。
故人についてはこれっぽっちも触れず、
冠婚葬祭について、儀式の意義について、
延々講義が続いた。

故人との想い出に浸りながら
過ごしていた時間は吹っ飛び、白けてしまった。
演説は他の場ですべきじゃないか。
何だかお通夜を乗っ取られた気分。
内容の良し悪しは別にして
言う場を間違えると逆効果のような気がする。

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この記事に対するコメント

おおっ、タイムリーな話題。
私の日記に今書いたところですけど、昨日今日の私の叔父の葬儀は宗教を排除した無宗教葬でした。

個人の好きだった音楽を使い、お線香ではなくカーネーションを献花するお別れの会でした。

【2009/06/19 22:58】URL | 仙人 #-[ 編集]

>仙人さん♪
故人の意思を貫いて、ご家族は立派ですよね。「形」じゃなくて「心」ですもんね。
葬儀って見栄や体裁の塊ですもんね。で、家族や親族がうるさい。家族が望む式になりがちです。
そういう形式の葬儀が多くなると自分たち(導師)の出番が減るから
危機感を抱いての演説のような気がしてなりませんでした。
ちょっと他所でやってよーという感じでした。残念!

【2009/06/19 23:45】URL | きん #iLhlKqZk[ 編集]

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